大変な災害が起き、未だいろいろなところが混乱している。そんな状況の中、こういうブログというのは存在が非常に微妙である。まあ、そもそもほとんど更新できていなかったので、存在どころか、ほとんどみんなの記憶にもないと思うが。
1つだけ言っておきたいこと。それはこういう状況の中、私達のような基礎科学の研究者はどうすべきか、ということだ。私の研究は普段もそうだが、はっきり言ってこういう状況に対しては何の役にも立たない。災害時の人命救助に対しても、地震を予知することに対しても、津波災害を防ぐに対しても、原発を止めることに対しても、私の研究は何の役にも立たない。全く無力である。
同じような無力感を持っている基礎科学の研究者は少なくないのではないか、と私は思っている。徐々に日常が回復し、幸いにも自分の研究を再開できるようになっている人も、頭の片隅、いや大きな部分で「今、世の中が大変な中、こんな役に立たないことをやっていてよいのだろうか」という考えがぬぐいきれないのではないだろうか。
では、それならば研究をやめた方がよいのだろうか。不要不急のものは控える雰囲気の中(電力も使うことだし)、私達は何もしない方がいいのだろうか。そんなことはない、と思う。今、研究の手を止めたからと言って、例えば既に買ってしまったチップやチューブのような実験消耗品が石油に戻る訳ではないし、試薬を作るのに使った電力が戻るわけでもない。研究の手を止めれば、多くの部分は税金で賄われているそうした消耗品、試薬が無駄になるだけである。
そもそも私達のやっていることは、確かに何の役にも立たないが、無駄なことではない。日本という国が、いや人類が自らの文明を向上させ、この世界のことをより深く、正確に理解するための追求の一翼を担っているのだ。自分の生きているこの世界のことをもっと知りたい。そういう人類の根源的な希望の一部を私達研究者は日本という社会から委託されている、と少なくとも私は信じている。だから、手を、頭を、動かせる状況なのであれば、研究を止めるべきではない。
こういう時でもいつも通りの研究をすることが被災地の人々の希望にもつながるのだ、というようなきれい事を言うつもりは毛頭ない。最初にも述べたとおり、私達の研究は今、まさに起きているこの災害に対して何の役にも立たない。それは認識しなくてはならない。私達がいくら研究を進めたところで、今、人の命を救うことには、つながらない。だから、声高にこんな時だからこそ普段と変わらず研究しています、などと言う必要はない。ただ淡々と、もちろん電力など様々なことの妨げにならない範囲で、自分の信じる研究を続ければ良い。
今回の災害の傷が癒え、平穏な日常が戻った時に「相変わらず役にも立たないことをやっているな」と笑って認めてもらえる、そんな研究をしていきたいと思う。




RECOMMEND
Profile
Search this site.
Others

